太子道(筋違い道)(法隆寺〜近鉄黒田駅)③

糸井神社を後にして、再び寺川を渡ったところに面塚の碑があった。
実はこれは解説だけで、もう少し東に行ったところに「観世発祥の地」と「面塚」の2つの碑があるようだ。
事前に調べてなかったので、見逃してしまった。

ここから黒田の駅までは一直線に伸びているが、早速鳥居を見つけた。
白山神社と言うそうだが、拝殿等は見当たらない。
代わりに見つけたのが、太子と調子丸の像。
ここに居られましたか!!
法隆寺で見つけられなかった分、感動しました。

その横に解説板。

ここにも腰掛石。
ここで、休憩されたのかなあ・・・。

白山神社の向かいにあるのが、屏風杵築神社。
屏風というのは地名で、先程の解説に書かれてあったが、
休憩される太子をもてなすために、村人が屏風を立てて風を防いだことから名付けられたそうな。

本殿。

聖徳太子の伝承は、あちこちにある。
ここで見つけたのは、「屏風の清水」。
太子が従者の弓で大地を打ち掘られると、清水がこんこんと湧いた。
以降、休憩の際にこれを飲んだというもの。

神社を後にして暫く歩くと、「忍性菩薩御誕生之地」。
忍性は鎌倉時代の律僧。

「御誕生之地」碑の前に案内があるが、ちゃんと「太子道」も記載されていた。

「木抱かれ地蔵さん」
今は木は見当たらないが、かつては木に抱かれるように鎮座していたんだろうか。

三宅町という町を歩いているようだ。

杵築神社。

境内には、三宅村道路元標と道標。
(下左 道路元標、下右2枚 道標)

三宅町、集落内の通路は袋小路やT字路などが多いと記載されている。
今歩いている道はほぼ真っ直ぐに伸びているが、下手に寄り道しないほうが良さそうだ。
それと、大神宮の御神燈をよく見かける。
かつて、お伊勢参りにも通った道だろうか。

黒田駅が見えてきた。
正式には、近鉄田原本線(たわらもとせん)黒田駅。
でもって、この辺り桃太郎生誕の地なの?
大和朝廷の命により吉備の国(現在の岡山県)の平定に派遣された吉備津彦命が、生まれ育った地なんだ。

今回はここで一区切り。
黒田駅から帰途についたが、なんと無人駅でした。

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