【PR】

俊徳街道・十三街道(楽音寺〜平群)十三峠を越えるぞ〜①

ひとまず自宅から、前回ゴールの楽音寺に向かう。
十三街道は向こうから。
いよいよ十三峠を越えて奈良県の平群まで、頑張るぞ〜!

まずは街道から少し東に入ったところにある、薬師石佛を探す。
もとは熊野神社の境内にあった石仏で凝灰岩の石棺材を利用した石棺仏。
室町時代の造立と言われている。

【出典:『史跡の道・説明石板』(八尾郷土文化推進協議会・八尾市教育委員会、1985年)】

少し歩くと、心合寺山古墳。

何度か来ているが、中にはいるのは初めて。

しおんじやま古墳学習館。
実は、ここの館長さんとは仕事で2〜3度会っている。
それはさておき、古墳の全景。
綺麗に整備されていて、周囲を散策できる。
実際、年配の方が散歩や見学に訪れていた。

脇には八尾市が立てた道標「史跡の道」がある。
今日は、松の馬場には行かない。
そういえば、松の馬場には今年の3月に一度訪れている。
東高野街道(近鉄瓢箪駅~安堂駅)①

街道に戻って、先を急ぐ。
道標があった。
「左 高安〜」か、よく読めない。

古道の雰囲気がある道を進む。
まだ、そんなに登りではないな。

またまた、八尾市の道標。
戻れば、心合寺山古墳。

そろそろ登りがはいってきた。

向山古墳と向山瓦窯跡。
ここまでは何度か来ているが、ここの古墳の形状がよくわからない。
解説の石版のみ御覧ください。

以前の訪問は次の通り。
「伊能でGO」-神立村をGET
さて、どうしたものか⁉ ー ご近所ウォーキング

ここからは、初めての道中になる。

少し登ったところ、四つ辻に2本の道標が建っていた。
手前の方は、古そうだ。
安政とあるので、調べてみたら1855年から1860年までの期間となっていたので、江戸時代。
歴史で習った、安政の大獄(江戸幕府が行った弾圧)のあった時代。
桜田門外の変も、安政7年。
ほんとなら、相当古い。

2つ並べて撮ってみたが、手前の道標は新しい。
でも、まさに十三街道で合ってる。
「上る 茶屋辻・水呑地蔵」
これから向かうところだ。

このあたりから、石仏が目立つようになってきた。
十三街道、山道に入ると石仏が多いと聞いていたが、もうこの辺から多く見受けられる。
神立地蔵堂とその前の石仏。

花が活けられているので、地元の人が大切にしているのだろう。

神立茶屋辻の手前、いよいよ山道に入るが、その前に右にそれて玉祖神社に向かう。

ということで、次回をお楽しみに!

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ピックアップ記事

2023.11.8

古堤街道を歩く(JR住道駅〜中垣内あたりまで散策)②

「角ノ堂銘碑」を見た後、平野屋新田会所跡に向かう。比較的新しい住宅街を縫うように進むと見えてきた。この一角ではないかな!? …

おすすめ記事

ページ上部へ戻る