中高野街道(平野〜近鉄河内松原駅)①
前回は大阪メトロの平野駅で降りて平野郷をぶらついてみたが、今回は街道に戻って中高野街道の続きを歩いてみたい。
さて杭全神社の参道を、南に抜けた突き当たりの角に道標がある。
「右 ふじい寺、大峯山上、かうや山」。
一部欠けているが、良い具合に色あせた道標です。
道標のある三差路を西へ少し行って、すぐ南に向かう。
現在、環濠都市平野郷の流門筋という通りを歩いている。
まさに街道を思わせる雰囲気の良い通りだ。
暫く歩くと、通りの東側に全興寺がある。
なんと、「地獄から天国への体験ができる寺」というのが謳い文句。
見た目は普通のお寺ですが。
まずは本堂へお参り。
本尊の薬師如来が安置されているとのこと。
詳しくは、HPを見ていただくのが早そうだ。
全興寺
イラストで見れば、こんな感じ。
賽の河原体験が出来たり、地獄の釜の音が聞けたりと盛りだくさん。
境内には、多分移設されてきたであろう道標。
それにしても賑やかなお寺さんです。
全興寺に寄り道した後は、ひたすら南へ。
寒いかと思ってたけど、歩くと程よくホカホカしてくる。
今年は熱中症の危険を冒して、真夏も歩き回った。
これから冬に向かうけど、今度は寒さ対策がいるね。
平野郷は素敵な街だったが、今度も古くからの村、喜連村に至る。
喜連・・・「きれ」と読む。
その入口にあるのが、北口地蔵。
喜連村も環濠集落であったが、その北の入り口に建てられたのが、この北口地蔵尊だった。
創建は天文年間(1532〜55年)というから、かなりの古さ。
この北側に東西に走る道。
いまでは、普通の生活道路であるが、昭和30年代まで環濠が残っていたらしい。
その名残りか、地蔵尊の角には松山橋と書かれた欄干が配置されている。
更に南へ。
楯原神社。
境内には「神寶十種之宮」と言うのがある。
偶然、町の古道具屋で発見されたという十種神宝が祀られているそうですが、本来は石上神宮の宝物であったとか。
石上神宮側から返還要請があったにもかかわらず、返していないという。
喜連のこのあたりは、古い屋敷が残されている。
道標があった。
もともと、もう少し北側にあったものが紛失したため、地元の有志がこちらに建てたようで、平成26年建立と解説にあった。
「中高野街道と屋敷小路」
この辺りは昔、桶屋、提灯屋、畳屋などの伝統産業が軒を連ねていた。
道幅は狭いが、趣のある通りになっている。
馬倉地蔵尊。
馬倉(ばくら)とは、馬のつなぎ場があったことに由来している。
道しるべ地蔵。
隙間にカメラを差し込んで覗いてみると、「すぐ高野山みち」と読むことが出来た。
なるほど、道しるべ。
そろそろ喜連を抜ける頃だろう。
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