中高野街道(京阪守口市駅〜近鉄布施駅)①

2022年10月28日(金)快晴

久しぶりの京阪守口市駅。
以前、京阪のウォーキングマップで2回、京街道歩きで1回の計3回訪れている。

中高野街道の起点は、ここ。
京街道から下る十三夜坂。(左側の道)
まっすぐは京街道。

振り返るとこんな感じ。
良い雰囲気の坂道。

坂道を降りて、改めて守口市駅をくぐって反対側に。

少し歩くと酒屋さんの前に灯籠があった。

「右 世木」とあって、この方向に行くんだが、現在この地名は無さそう。
(知ってる人がいたら教えてほしい)

また少し歩くと、新しい道標が。
左に行けば、三郷街道。
まだ真っ直ぐに高瀬神社の方角に行くんだが、下の方に「高瀬・世木の道」と表示がある。

高瀬神社。
社伝では、聖武天皇の勅願により行基が高瀬里に鎮座したものとある。
久しぶりに出てきた行基。
行基は高瀬付近で高瀬川(淀川旧流)に高瀬大橋を掛け、橋を管理する高瀬橋院を建立している。

高瀬とは浅瀬の意味で、紀貫之の『土佐日記』にも船待ちをした旨の記述があるそうだ。

境内には奉納されたと思われる砲弾がある。

高瀬神社と、信号のある交差点を挟んだ反対側に、高瀬川と橋の解説があった。
これによると、高瀬川はかつては淀川の本流であったと。
街道名は、やはり高瀬・世木の道。

街道らしく蛇行している道のほうへ。

例によって昼食のために公園に立ち寄り、しばしの休憩♪
秋らしい気候になったが、朝晩の寒暖差が大きいので健康管理をしっかりしないと!
お昼の歩きは、少々汗ばむくらい。


高瀬公園。

そそくさと昼食を取り、再び街道に戻ると旧家らしき蔵のある豪邸が目についた。
昔の庄屋でもあったんだろうか。

民家の脇に不思議な石造物を見つけた。
最初は「行けず石」(京都や大阪で見かける車除けなどのために置かれる石)かと思ったが、加工しているような文様も有る。
道標ではなさそうだが、かつての橋の欄干だろうか?
(でも無いか・・・適当に言ってる・・・)

護念寺、「世木御堂」とも呼ばれる。
HPを拝見すると、「世木」とはかつての地名とあった。
また「御堂」とは昔あった橋「御堂橋」「御堂前橋」(ともに大正時代)の石碑に名前を見ることが出来る。
境内には大塩平八郎の高弟である橋本忠兵衛の墓があるそうだが、入れそうにないので諦めた。

道路の舗装に押し込められたような道標(?)。
「りょこく~」と読めるが、詳細は不明。

その横にある地蔵尊。

八幡大神宮御旅所。
御旅所とは、神社の祭礼において神(一般には神体を乗せた神輿)が巡行の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)ようだが、いまいちピンと来ない。

ここの御神燈は文政(1818-1830年)とあるので、江戸時代のものか。


さて歩き始めて2kmほども行ってない。
放出(はなてん)から布施駅までの予定なので、少し急ぐことにした。

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