大阪の水源池と摩天楼の遠望ーOsakaMetroまちさんぽ/御堂筋線 西中島南方駅

暑さも峠を越したのか、一時的なものなのか。
お盆の最終日は暑さも少しはマシなので、まちさんぽに出掛けてきた。
今回は、西中島南方周辺。
これは①出口。

①出口から出てしまったが、本来は②出口が正解。
進行方向後ろ側から出ないといけなかった。
②出口を出て振り返ると、こんな感じ。
高架の上は、大阪メトロ御堂筋線と新御堂筋が通っている。

東へ向かって歩くと、JRの高架をくぐる。
表示にあるように新大阪はすぐ近く。

突き当りまで行くと、柴島浄水場。
ところで、柴島と書いて「くにじま」と読む。
大阪の難読地名の一つです。

見学もできるそうだが、平日のみなので今日は閉まっている。
事前にチェック済なので、そそくさと次に。

敷地沿いを廻っていくと、水道記念館。
ここは本日開館しているので覗いてみることにした。

上の画像ではかなり館内も広大に見えるが、中にはいると左半分くらいが記念館になっている。

入口を入ると、子どもたちが大勢で工作らしきものをしていた。
ワークショップを開催しているようだ。
その間を抜けて先へ進むと(あ〜涼しい!)、大阪の水道の歴史をパネルで展示してある。

しばし、休憩!
昔の水事情などを説明しているコーナーもあった。

この水道記念館、建物がレトロだと思ったが、国の有形登録文化財になっている。
設計者は、宗兵蔵氏。
明治大正期の建築物で、もともとポンプ場であったものを記念館として残したようだ。

涼んでいると出たくなくなるが、歩き始めたばかり。
頑張っていこう!

水道記念館を出て北に向かう。
今度は阪急千里線の柴島駅手前の踏切を渡って法華寺へ。

法華寺は天平13年(741年)、聖武天皇が国家鎮護を目的とし、中央集権体制を推進するために、全国に国分寺と国分尼寺を置くように命じた勅命により創建された摂津国分尼寺にあたるそうです。
室町時代には法華寺はいったん廃絶し、その後柴島浄水場付近に再建されたが、大正3年(1914年)に浄水場建設のため、現在地に移転した。

法華寺の脇を抜けて更に北へ歩くと、途中に柴島城跡という石碑が建っている。
気をつけないと見過ごしそう。
三好長慶の実弟・十河一存が16世紀中頃に築城したと言われているが、周囲は住宅街で全く雰囲気もない。

さらに北へ。
柴島神社。

社伝によると、貞永元年(1232年)9月の大洪水時に、「仲哀天皇の森」という名の高地に避難していた村人のところに、柴に乗った小祠が流れ着き、まもなく水が引き救われたため、以後、産土神として奉祀したのが起源という。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

神社を出て、あとは淀川沿いに西中島南方駅に戻っていく。
遠くに梅田のビル群が望める。
なかなか良い景色!

川沿いを歩くということは、日差しを遮るものがないところを歩くということ。
タイミング悪く飲み物が調達できていないので、なおさら水分が欲しい!
淀川の大堰と毛馬閘門。

最後にもう一度梅田のビル群を見ながら駅に戻った。

1時間半ほどのウォーキングだったが、久しぶりなので疲れました・・・。
今週は暑さもぶり返すらしいが、日毎に秋に近づいて行くことでしょう。
ウォーキング、秋の陣に突入か!?

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