【PR】

紀州街道(岸和田〜鶴原)①

2022年9月3日(土)

紀州街道の区切りは熊野街道(小栗街道)との合流点と決めていたので、あと少し。
久しぶりに岸和田に降り立った。

台風11号が近づいているので天気が気になったが、降るなら午後だろうと予想して折りたたみ傘を・・・忘れた。
まっ、なんとかなるか。

岸和田だんじり祭りで有名な、岸和田祭。
今年は、9月17日(土)、18日(日)に決行するみたい。
去年は縮小で、その前は中止だったので、通常開催は3年ぶりになるそうです。

前回土産に買った「時雨餅」の竹利商店さんを右手に見て、

紀州街道に戻る前に、「かじやまち」をぶらぶら。
さっそく、道標が。
右、和歌山道と言うのは、紀州街道を指すのだろうか。

「かじやまち」は、江戸時代に岡部藩の鉄砲を製造していた鍛冶屋が住んでいたそうで、2011年には連続テレビ小説「カーネーション」の撮影現場として使われた。
残念ながらドラマは見ていないが、この近くにある

紀州街道の再開ポイントに着いた。
交差点がカバーだらけ。
そうか、だんじり祭に備えて安全対策かもしれない。

ここからしばらくの紀州街道沿いは、古くからの景観を大切に保存されている。
まずは、国登録有形文化財の和泉銀行本店の建物。

保存と同時に、丁寧な解説も用意してくれている。

岸和田中央会館。

また暫く歩くと、今度は橋の遺構、欄干橋。
かつて古城川(今は暗渠)にかかっていた橋で、この地方の道路元標となっていたそうです。

その解説。

橋を渡って、すぐ前にも建築物がある。
大正9年(1920)に四十三銀行の大正支店として作られたそうで、現在も銀行として使われている。

岸和田市が街道を大切に保存しているのは、道路を見ても分かる。

街道沿い、岸和田上下水道局の角に来ると、石碑が立っている。

画像左にある古ぼけた石碑は、岸和田市道路元標とあった。
さっきのらんかん橋が道路元表とされたのは江戸時代。こちらは「岸和田市」とあるので割と新しいのかもしれない。

良いねー、紀州街道。


関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ピックアップ記事

2024.2.7

北八尾街道(近鉄今里駅〜JR八尾駅)①・・・長瀬北小、金岡中学の同窓生に

思い入れのある街道ではある。幼少の頃、実家の近くを通るこの街道を「八尾街道」と呼んでいた。実際には、”北”八尾街道だったとは。 北八…

おすすめ記事

ページ上部へ戻る