近鉄ハイキング・日本遺産 竹内街道 横大路(大道)

今回の副題は「引き継がれてきた日本遺産と世界遺産を巡るハイキング」。
まずはスタートの近鉄南大阪線古市駅へ。
最初に来たのは竹内街道を歩いた時なので、6年前の2020年。
竹内街道(金岡神社から古市まで)③
竹内街道(古市から磐城へ)①
そのあと、2022年近鉄ハイキングでも来ている。
古市古墳群と藤井寺市の名所めぐり(近鉄ハイキング)
街道では古市街道を歩いたときだから2024年。
古市街道(大阪メトロ八尾南駅〜近鉄古市駅)
今年は2026年なので、奇しくも2年おきに来ていることになるか。
さっそく竹内街道から
整備された街道を堺の方向へ歩いていく。
写真では写っていないが、相変わらず参加者は多い。
最初の古墳は、白鳥陵古墳。
日本武尊の墓と伝えられている。
旧浅野家住宅。
旧浅野家住宅は天保3年(1832年)に建築された部分がそのまま残されているそうだが、残念ながら「諸事情により当面の間、施設の使用を中止」している。
諸事情って、なんだろう???
入れるところまで入ってみた。
旧浅野家住宅を越えたすぐに、立ち寄りポイントではないが神社があった。
軽羽迦(かるはか)神社。
珍しい名前なので興味を持ったが、軽羽迦神社はもともと「白鳥陵古墳」の近くに祠があったといわれている。一帯の地名は「軽里」で、昭和初期まで「軽墓」と呼ばれていた。
「軽羽迦」も軽墓が由来なんだそう。
竹内街道を歩いている。
外環を越えたところには、峯ヶ塚古墳。
ここも世界遺産の一つ。
街道の曲がり角には、常夜灯と道標。
野中寺に近づくと、高灯籠。
今回は万歩ハイキングも兼ねているからか、ポイントポイントでルートの矢印が貼ってある。
また要所でボランティアの方が道を指示してくれるので間違うことがない。
下の写真でもルートの矢印が写っている。
野中寺に到着した。
飛鳥時代に聖徳太子の命で蘇我馬子が造ったと伝えられている。
本堂。
なんとも雰囲気のある松の木が良いね!
境内にあるヒチンジョ池西古墳石棺。
こんな重量物を加工して移動させたのには驚くばかり。
野中寺を出て東に向かうと、墓山古墳。
ボランティアの方が解説されていた。
羽曳野市役所の角を曲がって、北に向かい応神天皇陵古墳を目指す。
国道沿いを歩くが、周囲が開けているので風が寒い。
曲がり角にはボランティアの方が。
到着!
仁徳天皇陵古墳(大山古墳)に次いで全国第2位の前方後円墳。
築造時期は5世紀前半。
古墳の周囲を廻るように歩いて、東高野街道との追分に到着した。
以前も紹介しているが・・・
きれいに舗装された道を南に歩くと、誉田八幡宮に到着。
かつては、戦の神として武士の信仰が篤く、現在は、「安産・厄除け」の神様として親しまれている。
先日河内源氏の特別展に行ったが、源家の氏神が八幡であるという信仰とともに、源氏を名のる武士たちの信仰を受けたそうだ。
古市駅に近づいてきた。
飛鳥時代に創建されたという西琳寺。
最後は白鳥神社。
日本武尊をお祀りしていて、白い鳥に姿を変えて飛び立ったという伝説にちなんだ名前だとか。
いつも思うが、古墳は空から見たほうが全体像やその壮観さが感じられるはず。
でも築造当時は住宅街やビル群もない状態なので、見晴らしは良かったんだろうね。
今日は寒空のもと、古墳群を堪能した。
次に来るのは、また2年後???
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