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河内街道(JR住道駅〜京阪寝屋川市駅)①

ここのところ毎週金曜日に出動していたが、今回は台風のせいで終日、・・・雨。
土曜日は息子がご飯を食べに来るというので、お買い物デー。

たまたまの4連休、日曜日にようやく時間が取れたので、(河内)街道歩きの続きをすることに。

JR住道駅からスタート!

今日は良い天気!
駅前の2階部分は、広場になっている。

広場から見ると、川が2つ。
手前が恩智川、奥から流れてくる寝屋川とこの地点で合流する。

1階部分に降りて、古堤街道を少し行くと河内街道との合流地点。

何もないので一見したところ街道とは思えないが、振り返ってみると道標があって、なるほどと思わせる。

さて、河内街道を再開。
しばらく行くと、左手に本伝寺。

境内には、おかげ灯籠と言うのがあるそうだが、これだろうか!?
(間違ってたら、すみません)

しばらくは寝屋川の堤を歩くことになる。
天井川?

堤に壁が連なっている。
会所橋という橋があった。

そもそも会所というのは、集会所。
昔の新田などを管理する場所のことをいうので、なにかあるなと思ったら、深野新田会所跡が近くにあった。

昔は、このあたり大規模な新田だった。
もともとは深野池という大きな池があったが、大和川の付け替え工事が行われたため、大和川水系の流れが深野池まで来なくなって水位は減少、水が少なくなってきたところで新田開発が行われたそうだ。

両皇大神社。
別名、「深野神社」とも呼ばれている。深野新田会所跡を印すもの!?

同じ敷地には御神燈が立っているが、文久年間(1861〜1863年)に深野新田の東部にあった神社の分灯としてあったものを平成15年にこちらに移設したとある。

しばらくは寝屋川の高い壁の堤を北に歩く。

深北緑地が見えたところで、右折。
暫く行くと道標が2基並んでいた。
どちらにも河内街道とある。

左の道標には、明治36年と彫られていた。
河内街道が認知されている時代である。

こちらの年代は不明だが、右も左も河内街道となっているので角地にあったものを移設したのかもしれない。

いずれにしても道標があると、街道らしき雰囲気があって嬉しくなってくる。
このあたり、旧の河内街道も(明治以降の河内街道と)同じ経路を辿っている。

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