千間川の緑橋ーOsakaMetroまちさんぽ/中央線・今里筋線 緑橋駅

正月明けに開運松原五社参りを歩いて以来、久しぶりのウォーキング。
緑橋周辺をぶらぶら。

緑橋の名前の由来、千間川の今里筋に掛かっていた橋の名前からきているそうだ。
千間川は埋め立てられて、今はない。

最初のポイント。
これは大正初期の町家で、改装して町家再生複合施設 燈(あかり)として開館している。

千間川と緑橋の解説板。
これによると、川は埋め立てて暗渠化しているようだ。

当時の地図も掲載されている。
中高野街道から平野川まで千間(約1800m)あったそうだ。
橋も多くて、この間20あまり掛かっていた。

今は埋め立てられて道路となっているが、この曲がり具合なんかは川の面影がある。

道路横の緑地帯。
散歩するには最適ですな。

地蔵尊のある公園。
向こう側が平野川らしい。

南中浜子安地蔵尊。
もとは大阪城内にあったのが、淀川大洪水で平野川に流されて、この地に流れ着いたという。

その平野川。
公園の横からちょっと覗いてみた。
今日は気温も15度くらいに上がるようで穏やかな一日なんだが、いらない黄砂も飛んできている。

白山神社。
応永年間(1400頃)には中浜・鴫野・森の各村の氏神として尊崇されていたのが、何度かの消失を経て元和3年(1617)に再建された。

本殿。

境内にある銀杏の木は大阪市内最大だそうで、大阪府の天然記念物。

さて次は、正圓寺。
正面左側に石碑のあるのが見えるだろうか。

嘉永元年(1847)に正圓寺の住職が本堂で寺子屋・中浜菁莪(しょうが)塾を開き、明治頃まで受け継がれた。
ちなみに菁莪(しょうが)という字はなかなか出てこなくて苦労した・・・。

衛門橋。
往時の面影はないが、大阪城の玉造口から京へ向かう杉山街道が通っていた。

橋を越して街道を覗いてみた。
さすがに市内ともなればマンションだらけ・・・。

今度は第2寝屋川に到達。
平野川といい海抜も低いので、流れているのかどうかわからない。

第2寝屋川沿いに沿って歩くと、中浜下水処理場。

石碑があった。
平成2年で通水50周年とある。

この近辺は地蔵尊も多い。

地図上の目印、蔵のある家。
歴史のある家が多そうだ。

最後は東本(とうほん)稲荷神社。
木々の生い茂る森を想像していたら、なかなか見つからなかった。

衣食住の神様、商売繁栄の神様。
兵乱や洪水で何度も興亡を繰り返したらしい。

今日はワークマンで買ったスニーカーを試してみたが、少々靴擦れしたようで足が痛い。
でもクッションはとても良くて、慣れればかなりの距離も歩けそうだ。
寒さも2月を過ぎるまでのしんぼうか!?

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